Poetry Book
初詩集「東京白夜飛行」を刊行(14篇収録)
この詩集は、美しさと空虚さ、憧れと依存、変身願望と消費社会の痛み、そしてその先にある、かすかな救済への希求を描いた、現代東京の肖像です。
Publisher:Unagi Room
刺激があふれる都市で、生に問いかけ生きていく。この詩集が貫いているのは、祈りのようでもある。詩集全体を通して浮かび上がる喪失や孤独は、モノが過剰にあふれる都市・東京のなかでも、他者によって安易に埋め合わされることを拒んでいるように見える。喪失は喪失のまま、孤独は孤独のまま、無理やり穴を塞ぐことなく飄々(ひょうひょう)と佇み続ける。そんな都市を俯瞰(ふかん)して見つめる語り手は、時に触れあいを避けて透明でありつづけることを、またある時には人生の意味から距離をとり、なにかを諦めることを選択していく。
寄稿:矢澤あねら(詩人)
東京という都市に生きる一人の身体を描きました。へちまの帽子には、不要な存在であるかのような自己認識と、乾いた変身願望を重ねています。頭部から広がる使い捨ての天削箸は、孤独に耐えながらも、なお光を放とうとする後光のようなものです。過剰な都市のなかで、痩せこけた身体は、それでも生をまっすぐ見据えています。
装画:中谷優大(美術家)
[詩篇]
01 白鳥の街
02 東京白夜飛行
03 光芒
04 Abstract
05 直線と窓│白秋献詩 佳作作品
06 うつくしき世界
07 変貌
08 終わりと始まり│美術提供作品
09 白妙
10 春愁│合評朗読会 発表作品
11 11 Lenticular│美術提供 グランプリ受賞作品
12 分光透明│岐阜県文芸祭 入選作品
13 フェルマータ│三服文学賞 選考作品
14 ことわり│JILA朗読コンクール 本選作品
Poetry
白鳥の街City of Swans – 2025
[朗読動画をみる]
白鳥が水面をたたき
誰もいない街の
朝を揺らした
彼女は逃げおくれた
夜をカーテンで包み
足早に歩むが
大丈夫だとうなずいた
その日の午後には
はじめての雪が降りつもり
呼吸をするように
屋根もそっとうなずいた
東京白夜飛行Flight Through the Tokyo White Night – 2025
[朗読動画をみる]瞼を削ぎ、闇を指して
鈍い針が鼓動を編んでいく
窓の外では白い花が朽ちるが
芳しさだけが孤独を際立たせてくれる
肺にたまった滴音を摘み
はじまりはいつもの溺れかけ
わずかに気息し、去ねとなる
灰色の祝福がぼんやりと
飾り羽を広げれば
それを〈東京〉は「白夜」と仮称し
飛行に失敗した(私)を掬いあげた
舌の震えで整えた真実が
不貞に絡みあい、蛹のまま気絶する
均等に奪われた熱たちと
低度を食わせた真っ赤な骨たちは
何度も何度も削っては書きなおす
──この詩のようで
こうした幸せも
消去、消去と脈をうつ、あなた
侵入を許した季節のように
昨日とはちがう私を、そっと沈めた
直線と窓Straight Lines and Windows – 2025
白秋献詩 佳作作品
ランドバッグの角が
早朝に句読を打ち
氷点で鳴き止む一斉の鳥たち
轍だらけの机の上で
金魚をついばむ拍節器
まっすぐに伸びていく窓はまだ遠い
短点と長点を叩く心臓に
震えで世界を鼓動させる唇に
存在とは割り切れない小数点であって
体温とは迷いを照らす常夜灯であって
絞りだしたミルクと同じくらいの勇気を
わたしは、わたしの熱で腐らせていく
なぜなどはない
それが人生なのだから
産声に喚起し、遺影に理解をしめす
それが人生なのだから
最初の線は白だった
自由へ急行する直線する白だった
窓はまだ遠い
わたしは、わたしの存在をまた薄めていく
終わりと始まりEnd and Begin – 2025
美術 提供作品(中谷優大)
[朗読動画をみる]
争いには点があって
平和には線がある
争いには熱があって
平和には無がある
争いには声があって
平和には沈黙がある
争いには始まりがあって
平和には終わりがある
築き、崩れ、気づくとき
また芸術は生まれる
春愁Spring Melancholy – 2025
詩誌 La Vague 合評朗読会 発表作品
おとぎ
おののき
しのび
咲き
またあなたが訪れました
ささやかな陰を結い
月をも誘う
香りをたぐわせ
たゆたう混沌を
苦悩するコントラストを
触れずにそっと
薄めてくれるのでしょう
枯れたあなたを
見たことがあります
枯れるわたしも
見せることになります
軌跡に舞う
蝶々やわたしは
あなたから見れば
蛇行に区画でしょうか
視線で焼けた存在もいつか
希望とともに映るでしょうか
あなたの訪れに
胸が踊るのです
あなたの訪れに
救われていたのです
Lenticularレンチキュラー – 2024
ACTA+ ART AWARD グランプリ作品(中谷優大)
[朗読動画をみる]
ジョン・ラングドン・ダウンが
最後に見たものは
寂光か、泡沫か
手詰まりの希望
聖者は行進をする
変化はいらない
ぜんぶよこせ
鬼も外、福も外
はじめるも人、おえられぬも人
桜花に夢寐
それに借着よ借着
またいつか逢いましょう
望まない世界で
美しい世界で
静寂に包まれた
自然も主も真似事も供犠も
分光透明Spectral Transparenc – 2025
岐阜県文芸祭 入選作品
安直にただ認識されたいのです
けれど分子のように
透明でありたいのです
切実にただ理解されたいのです
けれど光子のように
透過してしまいたいのです
摩擦にも衝撃にも
どうにも耐えられず
かき集めた神経たちが
ほろほろと砕け散ってゆくのです
その破片たる一部が
心臓につきささり
規律で囲われた自由が
ただただ淀んでいくのです
それでもなお聴こえてきます
「透明でありたい」と
不可能な願望も結局
私であり、分光なのです
透明なのです
ことわりReason – 2025
JILA朗読コンクール 詩部門 本選作品
夜明けまえの焼けた空が
焦燥と声を奪っていく
致命的な光をつかむエコーと
移植的なヘイターを葬りたい
虚像のカテーテルに雨を流し
熱を帯びたコンクリートたちを許したい
待合室まで伸びた影が
正しい拍動に戻るまで
決して目を逸らしてはいけない
結局をことわりたい
解剖の等価が安らぎであっても
私たちは私たちの尺度でしか
きっと受け取りはしないだろう
群青にも色が溶けあい
ようやく、ことわり
どうりで似たように配置されているわけで
どうりで触れても触れられないわけで
光を頼りに未生を泳いできた
自我で覆う私たちを赦したい
鼓動にくちずさみ
記憶をたどり
修復はもう必要なく
私たちはきっと孤独ではなく
On the Poems
東京白夜飛行。白夜とは、真夜中でも太陽が沈まずに空が明るいままになる現象を指すらしい。「東京におとずれた白夜のなかを飛行していく」とはいったいどんなことなのか。詩集のタイトルに思いを馳せながら、最初に収められている「白鳥の街」という詩へ向かってページをめくる。
01 白鳥の街
この詩は、静かな朝の描写からはじまる。「白鳥が水面をたたき/誰もいない街の/朝を揺らした」という一連目を読んで、わたしの目には、湖に光が差し込んでくるような眩しい早朝が浮かんできた。そこには一羽の白鳥がいて、朝陽から受けた分の光を放っている。二連目を越えて三連目にさしかかる頃には目に映る景色が全て白くなる。光というよりも、雪をはらんだ重たい雲が太陽を遮っているような白さだ。だれもいない空間に音が吸い込まれていくような静謐(せいひつ)な世界から、この詩集は幕を開ける。
02 東京白夜飛行(とうきょうびゃくやひこう)
この詩集のタイトルにもなっている作品の「東京白夜飛行」。ここで描かれているのは、闇のなかで鼓動を重ねながら、なにかが消え失せていく様子だ。「東京白夜飛行」で描かれるのは、わずかな太陽の残光が、夜を明るく灯し続けるような一般的な白夜ではない。ここでの白夜の「白さ」とは、太陽から生み出されたものではないのだ。むしろそれは、「何かを失ったこと」をきっかけに意識のなかに点いた小さな火が、あっという間に広がっていき、目の前を真っ白にしていく様子のようだ。喪失によって生まれたその「白さ」が、白夜として闇のなかに現れている。(続く)
05 直線と窓
この詩に現れる「短点と長点」はモールス信号で使われる言語だ。冷え込んだ朝の風景のなかで、心臓はモールス信号を使って何かのメッセージを発信し続けている。繰り返される「それが人生なのだから」という言葉からは、人生への諦めや虚無が滲みでているようだ。「絞りだしたミルクと同じくらいの勇気を/わたしは、わたしの熱で腐らせていく」という表現は、最後の「わたしは、わたしの存在をまた薄めていく」という一節と響きあっている。前者は、生きていくうえで切り離せない自分の体温によって、人生の舵を大きくきる勇気をつぶしてしまったことを指している。一方、後者は、諦めを覚え、与えられた寿命を消耗しながら生きていくことを表す。ままならない生に対して、冷めた姿勢をとりながらも、まっすぐに進んでいく詩だ。
08 終わりと始まり
反対の意味が交互に現れる詩。最後にくる「芸術」という言葉には「築いたもの」が「崩れ」て「また築かれる」という都市のなかでの理想的な再生の姿が示されている。
10 春愁(しゅんしゅう)
女性的な柔らかい雰囲気で語られる春についての詩。春は英語でspring、バネや泉のように命が芽吹き、湧き出る季節だ。しかしながらこの詩のタイトルは「春愁」。春に対して物寂しさや切なさを感じている。やさしい語り口が読み手を次の言葉へと誘っていくけれども、五連目の「枯れたあなたを/見たことがあります/枯れるわたしも/見せることになります」という表現には立ち止まらざるを得なかった。比喩的だが胸の芯を打ってくる言葉たちに、わたしはどきりとしてしまう。春は白くて眩しい命の季節、そして新しいものがめぐり巡っていく季節。きらきらと輝くイメージと、そのなかに潜む影がお互いの存在感をいっそう強めていく。その強烈な印象に、めまいのような衝撃をおぼえる。
11 Lenticular(レンチキュラー)
「レンチキュラー」とは、見る角度によって画面が変わる印刷技術のこと。「ジョン・ラングドン・ダウン」というのはダウン症を発見した医者の名前。さまざまな固有名詞が光っている詩だ。「変化はいらない/ぜんぶよこせ」という印象的な一文をきっかけに「鬼も外、福も外」という、常識に矛盾した言葉が続いていく。ここでの「桜花(おうか)」というのは太平洋戦争のときに特攻を行っていた機体たちの名前だそうだ。その「桜花」に、「眠って夢を見ること」を指す「夢寐(むび)」という言葉が重ねられる。何トンもの爆弾を積んで破壊に突き進んだ特攻機のうえに、一寸のにおいも煙も立たない透明な夢が、覆い被さっているように感じられる。あたりまえのことが次々と否定されていくなか、七連目の「望まない世界で/美しい世界で」という部分で皮肉が高らかに響く。ひとつの世界のなかに180度異なる見方や認識が重なる様子は、まさにタイトルの「レンチキュラー」そのものだ。この詩に登場するすべての物たちが、世界の総入れ替えを叫んでいる。
ほか全14篇、詩集について収録
03 光芒(こうぼう)
04 Abstract(アブストラクト)
06 うつくしき世界
07 変貌(へんぼう)
09 白妙(しろたえ)
12 分光透明(ぶんこうとうめい)
13 フェルマータ
14 ことわり
さいごに
寄稿:矢澤あねら
